ギター担当の澤田です。
私がギターを始めた理由。
私はクラスで目立たない子でした。
勉強ができないわけでもない。
運動はあまりできない。
特技があるわけでもない。
そんな私が中学2年生の時です。
当時はアリスという3人組のグループが流行っていました。
谷村新司、堀内孝雄がいたバンド、といえばわかるでしょうか?
で、何となく良いなぁと思っていましたがまだギターを弾くまでには至らず。
そこへKISSの来日公演がテレビ放映されました。
これが格好良かった!
曲も良いし、なにしろあのステージングですから。
私は夢中になりました。
その頃、クラスで何人かバンドをやり始めた奴らがいました。
今はバンドとかギターとかやってるのはどちらかというと真面目な子が多いかもしれませんが、私が中学生の頃はクラスでわりと少し悪っぽい奴らがやっていました。
目立たない子だった私は彼らと友達になりたかった。
自分を変えたかったんだと思います。
私は彼らに話しかけ、ギターのことをいろいろ教えてもらうようになりました。
うちには母が買った「白いアコースティック・ギター」がありました。
私はそれにエレキ弦を張り、KISSのまねごとをするようになりました。
とはいっても、昔は今ほど楽譜もなく、当然YouTubeもない。
楽譜を買ってもタブ譜なんかありません。
ただ音符が書いてあるだけでした。
でもわからないながらもKISSの曲を少しづつ練習していました。
親に「エレキが欲しい」といってもすぐには買ってくれません。
そりゃそうですよね。
エレキギターは中学生には高い買い物です。
私は毎週日曜になると隣の熊谷にある楽器屋へ行って、カタログをもらってきては
どのギターが欲しいか?ばかり考えていました。
中3になった時に父親が「ちゃんと勉強すると約束するなら買ってやる。」と言ってくれました。
そんなの二つ返事でOKしました。
いつも行っている熊谷の楽器店へ行ってGRECOのレスポールEG800を買ってもらいました。
定価8万ですから他の友達からしても高いギターです。
嬉しくてその日は抱いて寝ました。
もちろん約束ですから勉強もしました。
定期試験の1週間前になるとギターは倉庫にしまわなくてはいけませんでした。
でも終ったら走って帰ってきてギターを弾いていました。
高校へ行ったらロックやってる部活に入ってバンドがやりたい。
そのために勉強したようなものだったのかもしれません。
高校生になった私は、念願の部活へ入り、毎日ギター三昧の高校生活が始まりました。
それが良かったのかどうかはわかりません。
でも何の取り柄もなかった私は学校で「ギターと言えばこいつ!」というまでになりました。
ギターを始めたきっかけは「今までと違う友達が欲しい」でしたが、いつのまにか私はそれ自体が自分の生活になりつつありました。
うちにいると電話がかかってきて「俺、◯◯っていいますけどぉ〜、一緒にバンドやって欲しいンスけどぉ。」って知らない人から電話かかってきたり。
「んじゃあ、今度の日曜、うちで練習するんでバイクで向かいいきますんでよろしくぅ!」とか言われてその彼のうちへ行ってギター弾いたり。
去年の秋、地元深谷市で行われている「アコギで弾き語り日和」というイベントに出た時、こういうことをやろうとバンド・ワークショップのチラシを作って配りました。
それを見てその夜すぐにうちに「息子をやらせたい!」とご挨拶にこられたお父さん。
次の日曜に息子さんと一緒にうちにきました。
少し無口な彼。
ギターはお父さんが「ギターと言えばベンチャーズだろう」というのでベンチャーズを練習させていたようで、うちに来て「先生にベンチャーズを聴いて欲しい」といって弾き始めました。
私の知っている曲だったので彼と一緒に弾きました。
すると彼が笑顔になりました。
その後、彼は私たちがウニクスでやったバンド・ワークショップのライブにも参加したり、ワークショップ自体にもほぼ毎回参加してくれています。
どんどんギターに夢中になっていく彼を見ていて、自分のギターを始めた頃のことと重ねてしまいます。
始めは大人しかった彼もいまはすっかり明るくなって、うちにくると元気に「よろしくお願いします!」と挨拶してくれます。
私は彼がギターに夢中になったことで変わってくれたことがとても嬉しく思っています。
うちにくる子ども達、ワークショップに来る子ども達みんなが思い切り笑顔になれたらいいな。
私達の願いはそれだけです。
音楽を通して、みんなが笑顔になってくれること。
そのために深谷バンド・ワークショップがあります。
みんなの、そしてそのまわりのご両親の笑顔のために。
次回は9月21日の土曜日。
七ツ梅でお会いしましょう!
(写真は先日のワークショップでの一コマ。 さてどちらが先生でしょう?)

「半学半教」って素晴らしい! ハンガクハンキョウ。今では聞きなれない言葉ですが、この写真が示しているものこそ、まさしくそれではないでしょうか。江戸時代、かつての私塾では、塾長だけでは講師が足りず、長幼つまり年齢に関わりなく、より知識のある者が、より知識の少ない者に、持てる知識を授け指導するという習慣があったそうです。その美しいまでの精神が、深谷バンドワークショップでは、誰が教えたというのでもなく、自然体で実践されているのです!
半学半教、その感動的な実践の現場に、思いもかけず立ち会うことができて、支援スタッフの一員として、こんなに嬉しいことはありません。